NHKスペシャル 新・映像の世紀 「第2集 グレートファミリー 新たな支配者」

未曾有の好景気(世界大戦後のアメリカ)

ロックフェラー家(ジョン・ロックフェラー)、石炭で動いていた世界を一変させた。ロックフェラージュニア、孫たちも政財界も、慈善団体の代表、副代表になった。マンハッタン銀行のトップに、様々な分野に君臨することになった。

新興国アメリカを資本主義大国に押し上げた。金融王:モルガン家、新製品:デュボン家、自動車:GM(エジソン)、自動車王:大量生産:フォード。資本主義というモンスター誕生の物語。廃墟のヨーロッパ、連合国イギリス、フランスは国力を使い果たし消耗しきっていた。戦場にならなかったアメリカ。圧倒的な経済力と工業力で経済大国に躍り出た。

モルガン:ウォール街の帝王、ドイツに賠償金を迫った。一般の顧客は相手にしないモルガン商会。証券取引所がなかった1910年中半まで中央銀行の役割を担った。ニューヨークを目指して、マネーと人が流れ込んだ。五番街、高級ブランドが店を並べた。摩天楼の建設競争も始まっていた。クライスラービル(クライスラー)、エンパイア・ステート・ビル(GM)。アメリカの自動車は価格が10年で1/3になり、大衆化した。道中にガソリンスタンドが現れた。

  • 1912年:タイタニック号の事件

    1500人の犠牲。モルガン一族、金持ちの救助を優先した疑い、しかし当時モルガンに楯突くものなどいなかった。

エネルギー革命

1923年 ペンシルベニア 油田。男たちが手当り次第、掘り出した。大金を投じても必ずしも石油が見つかるものではない。しかし、ロックフェラーの考えは違った。石油を掘り当てるのではなく、人が採掘した石油を買い集め精製して販売するビジネスを作った。自社製品が世界のスタンダードとするために、スタンダード石油と名付けた。石油の富を独占した。無敵のロックフェラーを脅かすもの。持てるものと持てないものの格差が広がった。9000人の労働者がストライキを決行した。対抗部隊を動員し、30人を犠牲にした。

ヘレン・ケラー、労働者の待遇改善を訴えた。「女性と子どもたちをサグ害するなんで、ロックフェラーは資本主義の化け物だ。」もはや世界はロックフェラーの石油なしには動かなかった。「人類の幸福に役立てよと神が与えてくださった才能だった。」

移民大国アメリカ

1920年から400万人を超える移民が押し寄せた。イタリア移民、ヨーロッパからやってきたユダヤ人だった。革命の混乱の時期、ユダヤ人の大量虐殺が起こっていた。迫害から逃れ、アメリカに新天地を求めた。マックスファクター(化粧品商売)、ロシアにあった世界最大のユダヤ人コミュニティがニューヨークに移った。隙間産業を狙うユダヤ人が目につけたのは、映画だった。トーマス・エジソン:映画カメラを発明し、特許を独占していた。あらゆる映画製作に対して特許料を要求した。ユダヤ人は、エジソンの監視の目を逃れるために、西武に移動した。映画の都が誕生した、ハリウッド、パラマウント、ワーナー・ブラザースなどすべてユダヤ人が創業者だった。女優の粗かくしのためにリップなどを発明した。「多くのアメリカ人がこう言われた。ユダヤ人は差別のおかげで頑張れた。」

しかし、自らの力でのし上がろうとする移民は少数派。移民の多くは工場で職を求めた。アメリカ人労働者に育てることに困っていた。英語の基礎を教え込む学校を作ったフォード。

  • 1920年:禁酒法
  • 1923年:関東大震災

    大規模な災害援助を行った。モルガンも手を差し伸べた。20億ドルの復興国債を貸した。40年後の高度経済成長時に返済した。

自由貿易による平和貿易

グレートファミリーは、世界に進出しようとしていた。ロックフェラー財団、途上国の生活水準の向上。朝鮮総督、斎藤実とあった。中国北京で医療の支援。アフリカでは黄熱病、マラリアの撲滅や公衆衛生の向上に取り組んだ。

大規模な慈善活動で、資本主義を広げることを目的とした。

大量生産・大量消費

生活必需品以外のものを変える世界が到来した。レーヨン:安価で大量生産できる布で女性の装いを変えた。セロハンによって袋に革新があった。これらの発明者はデュポン(もともと化学メーカー)第一次世界大戦では、火薬の40%を供給した。合成ゴム、ナイロンストッキングなど様々な商品を発明した。新製品が発明されるたびに欲望を掻き立てられていった。

  • 1930年代:19週休2日制
  • 旅行ブームが到来した。パルのカフェはアメリカ人で溢れかえっていた。フィッツジェラルドが一家に旅行したときの映像が残されている。アメリカ消費社会のシンボルだった。

パリのバレエ・リュス(前衛的なダンス)がアメリカ人を魅了した。世界的な経済学者ジョン・メイナード・ケインズがパリのバレエ女優と結婚した。

崩壊

1929年に入っても、アメリカは好景気、当座の現金がなくても購入できることが当たり前になっていた。株に関しても現金がなくても株券を担保に変える仕組みができていた。

  • 1929年:モルガンが経済の加熱を不安視するレポート作成
  • 1929年:5日後、ウォール街株価暴落

大暴落「ニューヨーク証券取引所、大きな人だかりができています。」軒並み半分にまで暴落、一瞬にして紙くず同然。借金をして株券を購入していた人は破産する。

  • 1933年:モルガンの聴聞会、過剰な投機熱の煽り、インサイダー取引、脱税

リーマンショックと同じ出来事が、75年前にもあったのだ。

  • 1930年代:ダストボウル、強い砂嵐
  • 農家は土地を捨て西に向かった。なにか飲む報いではないか誰もがそう考えた。ルート66は33万人の農民で溢れかえった。移動する人々の川になった。

ソビエトのプロパガンダ映像、アメリカを煽った。「最高級の自動車、高層ビルがあるのに、パンを食べることができない。」

大恐慌のさなか、ロックフェラーセンタービルを二代目ロックフェラージュニアが作った。三代目ロックフェラーデイビッドは、世界最大のビル:world peace throuh peaceからワールド・トレードセンターが作らえた。(911のビルだった。)遺産を調べると、大暴落のときに買った資産から損失を取り返していた。フォード「さらばだ天国で会おう。」ロックフェラー「貴方が天国で会えるのならね。」ドイツや日本へ大恐慌の波。フランスの労働運動(1934年)

社会主義やファシズムのほうがましだとした。軍国主義が台頭。領土拡大を目指した。世界は一触即発になった。戦争の足音が近づくと、デュボン家は、政府との結び付きを深め、再び化学を主力とした。

モルガン商会は、戦争が近づくと態度を一変させ、戦時公債を買おう。アメリカの若者が戦場に向かう。アメリカは資本主義を社会樹技から守り抜く長い戦いを始めることになる。